それは志貴達三人が入学して半月余りが経過した時に起こった。
そしてその日より乙女達の闘いを高らかに告げるものでもあった。
五『転校生』
その日は特別嫌な予感がしていた。
テレビで見た今日の運勢は最悪。
窓を開ければそこには鴉が止まり、学校へ登校しようとすれば黒猫(レン)が横切る。
教室に入っても、妙な胸騒ぎが収まらない。
「志貴ちゃんどうしたの?」
翡翠が心配げに聞く。
「いや、なんでもない」
「志貴ちゃん体の調子悪いの?だったら・・・」
そう言うと、琥珀は鞄からなにやら薬を取り出そうとしている。
「ああ、大丈夫、琥珀。体調が悪い訳じゃない」
やんわりと笑いながら志貴は琥珀を制する。
モグリながら薬剤師として一流の腕前を誇る琥珀の調合した薬は、市販の薬など比較しようも無いほど良く効く。
現に今志貴達の家においてある薬品は全て琥珀が調合した琥珀特製の物だ。
「じゃあどうしたの?志貴ちゃん」
「なんか胸騒ぎがするんだよ・・・嫌な予感と言えば良いのかな?」
志貴は首を傾げる。
確かにここ数日遠野について調査しているがこれと言った進展は無く、学校では四季の敵意を一身に浴びている。
だがそういった焦りではない。
むしろ何かもっと別の・・・それでいて生命の危機を感じるような・・・
(まさかな・・・)
志貴は苦笑して首を一つ振る。
そんな時有彦がいつもの様に馬鹿元気に志貴に話しかける。
「おい!!七夜聞いたか?」
「なんだ?俺はお前の戯言聞いている暇無いんだが」
「そう言うなよ。なんと!!今日転校生来るらしいぜ」
「転校生?それはまた妙な時期に来るな」
「ああ、何でも留学生らしい。で、こっちが肝心だが情報だと三人!!おまけに全員女子!!」
「へえ・・・それでか内の男子があそこまで騒ぎ立てているのは・・・その転校生に期待しているのか?」
確かに登校したときからクラスの男子達は一応に大騒ぎしている。
「まあな、なにしろ内のクラス、どうも女子は弓塚と翡翠ちゃん、琥珀ちゃん、あとは担任のエレイシア先生以外ぱっとしねえからな」
「いいのか?そんな事言っていると・・・」
そう言いながら志貴は軽くひょいと首を傾げる。
そこを狙い澄ました様に教科書がすっ飛んできて馬鹿の顔面(それも角が)に命中する。
「注意しろよ」
「き、貴様・・・言う事はそれだけか・・・」
悶絶する馬鹿に志貴の冷たい一言が返って来る。
そんな馬鹿騒ぎの中エレイシアが入ってきた。
何時の間にか予鈴が鳴っていたらしい。
「はい!!席について下さい!!もうチャイムは鳴っているんですよ!!」
幾分・・・いや、かなり苛立たしげな声を出すエレイシアに志貴は首を傾げる。
「姉さん、なにかあったのかな?」
エレイシアのあれほど苛立った声は聞いたことが無い・・・
「えっと・・・今日は転校生を紹介します」
その声に男子は歓声を上げる。
「先生、転校生って女子?」
「はい・・・不本意ですが・・・女子が三人です」
なにやら小声でぼそりと呟いた。
しかし、その声に男子のボルテージは更に高まる。
「では・・・さっさと入って来て下さい!!」
なにやらやけくそ気味に言うエレイシア。
すると、引き戸を開けてその三人が姿を現す。
その瞬間志貴は入学式でのエレイシアの登場よりも強く額を机に強打した。
しかし、その音も男子達の大歓声にかき消された。
無理も無いだろう。
「はーーい!!えっと私の名前はアルクェイド・ブリュンスタッドでーーす!!」
「従姉妹のアルトルージュ・ブリュンスタッドと言います」
「初めまして、シオン・エルトナム・ソカリスと言います。よろしくお願いします」
全員水準を大きく越える美女と来れば歓声も上げたくなるだろう。
しかし、そんな中志貴は
「・・・・・・」
あまりの衝撃に言葉すら失っていた。
「志貴ちゃん??」
「どうしたの??」
後ろから二人が声を掛けるが今の志貴には答える余裕はない。
なぜ彼女達が現れたのか見当も付かない。
「えーー、この三人は留学生との事ですので皆さん仲良くしてあげて下さい」
エレイシアの投げやりな言葉に男子の生徒は一人を除いて暴動寸前にまで興奮が立ち上る。
「で・・席ですが・・・」
その言葉に「俺の隣!!」「いや俺の!!」「何を言っている!僕の隣こそ」と、こぞってエレイシアに迫る。
しかし、次の瞬間教室は一気に冷却される事になる。
「あーーっ!!ここにいたんだ!!志貴!!」
「ホントだ!!志貴君!!」
アルクェイドとアルトルージュが志貴に飛びつく。
「な・ななななななな・・・」
教室は一瞬にして硬直した。
翡翠も琥珀もあまりの光景に直ぐに反応できない。
「志貴ー会いたかったよー」
「志貴君、嬉しいでしょ?私に会えて」
そんな教室に吸血姫姉妹の歓声は良く響いた。
「な、なななな・・・」
「な?」
「・・・何しにきやがったーーーーーーーー!!!この馬鹿姉妹!!!」
遂に爆発した志貴の拳骨が同時に二人の頭に叩き込まれる。
「「いったーーい」」
「"いったーーい"じゃないだろ!!大人しく待っているんじゃなかったのか!!」
ここが何処であるかも忘れ吸血姫姉妹に食って掛かる志貴。
「だってー志貴が何時まで経っても私や姉さんに会いに来てくれないのがいけないのよー」
「うぐっ・・・それは・・・仕方ないだろ。俺だって色々忙しいんだし。アルトルージュ、こんな時こそお前が止めるべきじゃないのか?」
「無理。私だって志貴君に会いたかったし、そろそろ聞かせて欲しいですもの。志貴君の"アルトルージュのお婿さんになる"って言葉を」
巡航ミサイルクラスの爆弾発言に硬直した教室全体がざわめく。
「!!だーーーっこんな所でそんな事言うなーーー!!」
あわててアルトルージュの口を塞ぐが更に爆弾が投下される。
「姉さん何言っているのよ!!志貴とは私が結婚するんだから!!」
「あら?何寝言を言っているの?アルクちゃんじゃせいぜい一夜限りのお情け貰うのに精一杯じゃないの??まあ私の魅力に焼きもち焼くのも仕方ないけど」
「あれ?姉さんこそ、そんな貧相なスタイルじゃあ結婚して数日で志貴に捨てられるのが関の山じゃないの?やっぱり志貴は私位のスタイルの方が良いと思うけど」
爆弾発言をあちこちに投下して、口論を始めた吸血姫姉妹を他所にもう一人が静かに志貴に近寄る。
三つ編ではなく紫の髪を真っ直ぐに下ろした姿で。
その姿は三つ編にしていた時に比べてシオンを少女から女性に変えていた。
「志貴・・・」
「ん?ああ、シオン・・・久しぶり」
やや安心してシオンに挨拶をかわす志貴だったが、最後の爆弾が炸裂した。
「はい・・・志貴・・・会いたかった!!」
そう言うと、シオンは躊躇いすら見せず志貴に抱きつき、その勢いのまま真っ赤になった顔で耳元に囁く。
「志貴・・・約束通り貴方の下に馳せ参じました。もう二度と離れません・・・ですから私を傍に・・・」
「シ、シオン・・・」
志貴の声はかすれていたがそれは嬉しさではなかった。
教室のあちこちから陽炎の如く立ち昇る男子生徒を主とした殺気、
それを制する様に後ろから立ち昇る巨大な二つの殺気に志貴はびくつくしかなかったから・・・
その後、席は志貴を取り囲むように後ろに翡翠・琥珀に加え、左右にアルクェイド、アルトルージュ、前にはシオンが座る事になった。
授業中も怨念に等しい視線が志貴に集中し、怨嗟の声も響き渡る。
「・・・何故だ・・・」
「なぜ七夜だけが・・・」
「こんな女誑しがなんでだ・・・」
「畜生・・・」
「お前は敵だ・・・男子の敵だ・・・女の敵だ・・・」
(その内闇討ちされるかも・・・)
志貴は引きつった笑みでそれらを受けていた。
しかし、何よりも怖かったのは周囲五人の緊迫に満ちた空気だった。
何しろ五人の内左右の二人は真祖と死徒の姫君。
後ろの二人は七夜退魔剣術の当代継承者。
前の一人は人間であるが驚異的な高速思考を持つアトラスの錬金術師。
ここで暴れたらどうなるか想像するに難しくなかった。
そして・・・
「志貴ちゃん・・」
「話してくれるよね?」
「はい・・・お手柔らかにお願いします」
昼休みに入り志貴は屋上に連行され姉妹から尋問を受けていた。
「それで志貴ちゃん・・・」
「あの人達・・・誰?」
無表情で聞いてくる二人に、志貴は冷や汗がとめどなく流れ落ちる。
「えっと・・・欧州で出会った・・・」
「「それはわかってるの!!」」
「は、はい!!」
怒号にピンと背を伸ばす志貴。
「私達が聞きたいのは」
「何で私や姉さんがいながら浮気しているのかって事!!」
「い、いや・・・浮気って・・・」
「じゃあなんでお婿さんとかそんな言葉が出てくるの!!!」
「そ、それは・・・」
「簡単だよー私と志貴は愛し合っているから」
「って馬鹿女!!話をこじらすな!!」
志貴は振り向きざまに何時の間にか現れたアルクェイドを一喝する。
「何言っているのよアルクちゃん!!志貴君は」
「アルトルージュも黙ってて!!」
更に爆弾発言を行おうとするアルトルージュを黙らせる。
そんな中更に現れたシオンが口を開いた。
「それよりも志貴、私も聞きたい。真祖と死徒の姫君はわかりますが、この双子姉妹は何者なのですか?」
「あっそうだ!!私も聞きたい!!」
「そうね、志貴君!私というお嫁さんがいながらどうしてこんな親密そうな子がいるの?おまけにアトラスの錬金術師とまでなんて!!」
それに反応して更に爆発する。
「何言っているのよ!!志貴ちゃんは私と姉さんが結婚するの!!」
「あは〜その通りですよ〜。翡翠ちゃんと私と志貴ちゃんとの間には新参者には太刀打ちできない絆があるんですから〜」
「ぶーぶーそんなの関係ない〜志貴には私を傷ものにした責任とって貰わないといけないんだから〜」
「そうよ!!私だって志貴君には責任とって貰わないといけないんだから!!裸を見た責任を!!」
「そうです!!私も志貴に全てを捧げるつもりでここに来たのです!!たとえ何者が相手でも譲る気はありません!!」
女三人揃えば姦しいとはよく言うが、これほど五月蝿いとは思わなかった。
修羅場というものが、実際に渦中に立たされるとこれほど心臓に悪いとは思わなかった。
志貴は引きつった笑みをただひたすら浮かべるより方法が無かった。
(ただ、アルクェイド・アルトルージュ・シオン・・・傷ものだの責任だの裸だの捧げるとか・・・誤解を招きそうな言葉は止めてくれ・・・)
場所を変える。
その様をさつきは屋上の物陰からじっとその口論を見詰めていた。
「ううぅ〜何で七夜君ってあんなに女の子に人気があるんだろう?」
これだけ見ると志貴はかなり異性から人気があるように思えるが、実はクラスにいる他の女子に志貴の受けは良くない。
何しろ入学初日から双子の姉妹と同棲していると言う情報が流されている志貴だ。
それだけでもクラスでは彼を『女誑し』と呼んで一方的に忌み嫌う女子も少なくは無い。
それに加え、今回のこの騒動だ。
もはや志貴に『女の敵』と言った悪名が付くのは間違い無いだろう。
事実さつきが志貴に想いを寄せていると聞いた時仲の良い女子は皆一様に猛反対したのだ。
曰く『七夜なんて止めておけ。どうせさつきを弄んで捨てるのが眼に見えている』との事だ。
しかし、さつきには志貴がそんな人間とはどうしても思えなかった。
「何やってるんだ?弓塚」
そんなさつきに後ろから声を掛ける者がいた。
「ひゃああああ!!!」
飛び上がって振り向くとそこには志貴の唯一の悪友がいた。
「い、乾君?」
「おうよ。で、何やってるんだ?」
「ううぅ〜・・・あれ・・・」
「あれって・・・ああ、なるほどな。でお前も七夜にほの字というわけか?」
「ほ、ほの字って・・・」
真っ赤になって俯きながら言うさつき。
「だがな・・・弓塚、悪い事は言わねえ。七夜は止めておけ」
「えっ?」
おもわず顔を上げるとそこには何時に無く真剣な表情の有彦がそこにいた。
「やっぱり・・・乾君も七夜君ってそんな人だと思うの?」
しかし、その次の台詞はさつきの予想と大きく違っていた。
「そうじゃねえ。あいつはお前とは違いすぎる世界にいるんだよ」
「??違う・・・世界・・・」
そう言えば覚えがある。
志貴は常に穏やかに笑っているが、時折全てを拒絶するような、見ているだけで怖い空気をかもし出す時がある。
そんな中でも志貴と接する事が出来るのは、琥珀・翡翠の姉妹だけだった。
いやそれだけでない。今日転校して来たあの三人も志貴に平然と接していた。
「で、でも、それだけで七夜君と・・・」
「それだけじゃない。あいつはおそらくこれから先は平穏なんて言葉すらもない荒野を歩く。それについてこれるのはあいつと本当の意味でその荒野を歩く決意と力を持った奴だけだ。お前じゃ七夜の枷にしかならない」
「・・・・・・・」
さつきは口を噤む。
それに構わず有彦は言葉を紡ぐ。
「あいつとはお前が望むような恋愛は出来ねえ。だから諦めたほうが身の為だ・・・」
「・・・諦める事なんて出来ないもん」
「そうか・・・まあ、それでも貫くって言うなら止めやしねえが・・・」
肩をすくめてそう言って有彦は屋上を後にした。
授業が終わると志貴は一目散に教室を後にした。
もはや、殺意の許容範囲を軽く超過した男子が一目散に志貴に殺到してきたのだ。
とりあえず翡翠達を巻きこむ事を避ける為、一旦全員から離れた。
「ふう・・・」
志貴は溜息をつきながら学校をぶらついていると、眼の前に四季とばったり遭遇した。
「四季・・・」
「貴様・・・」
互いに眼をそらす事無く、その場で立ち尽くす。
しかし、四季は直ぐに動き出しその場を後にする。
「・・・」
そして志貴もまた何も喋る事無くその場を後にしようとしたのだったがその志貴の後ろから
「志貴〜」
「!!・・・なんだお前かアルクェイド」
「ぶぅ〜何よ志貴、なんだって」
「悪い、少し考え事していたからな・・・でどうしたんだ?」
「えっと〜姉さん達が一緒に帰ろうって」
「全員でか?」
「うん!!だってこれから一つ屋根の下で暮らすんだから翡翠達とも仲良くしないとね」
「まあ、仲良くしてくれる分にはこちらとしても助かるが・・・おい、ちょっと待て。今何と言った?」
普通に肯いた志貴だったが台詞の中にとんでもない単語が入っていたような気がして問い詰める。
「えっ?だから、一つ屋根の下で暮らすんでしょ?」
「なんだと!!!おい、それ何時決めた!!」
「えっ!!志貴聞いてないの?」
「それどころか初耳だ!!」
「あれ?ブルーの話だと志貴のお義父さんが許可出してくれたって・・・」
その瞬間志貴の脳裏に黄理の言葉が甦る。
『どうせすぐに手狭になる』
「そう言う事かーーーーーーー!!!」
志貴はそう叫ばずにはいられなかった。
そして、昇降口では予想通り、すっかりご機嫌斜めの翡翠・琥珀、それに対して満面の笑みを絶やさないアルトルージュとシオンがいた。
更に遠巻きに志貴襲撃の機会を伺う男子生徒もいる。
「志貴ちゃん・・・どう言う事?」
「志貴ちゃん・・・」
「俺が知りたい・・・琥珀、翡翠」
「「何?」」
「家に帰ったら父さん詰問な」
「「うん」」
志貴の言葉に二人とも頷く。
そんな三人に
「志貴ぃ〜早く帰ろうよ〜」
「志貴君!!私達を案内してくれるんでしょ〜」
「志貴、帰りましょう。私と志貴の家に」
なにやら好き勝手に言っている三人に志貴は苦笑し翡翠は無表情寸前、琥珀は半泣きで志貴の両腕に組み付く。
「な、なあ・・・少し離れてくれると・・・」
そこまで言った時志貴に視界の隅で一人の女子生徒が内の学校の不良に絡まれている光景が入った。
本来であれば無視しても良いのだが、都合が悪い事に今ここにいるのが志貴達のみだった。
「やれやれ・・・翡翠・琥珀すまないけど・・・」
そう言いながら志貴は腕に絡んでいる二人を離すと、その足で不良達の所に歩いていった。
「・・・ああ、なるほど・・・」
近くまで寄ってやっと志貴は気に止めたかわかった。
絡まれている女子生徒は内の生徒では無かったのだ。
その生徒は今時珍しいセーラー服を着た、艶やかな黒髪が特徴的な少女だった。
その少女が五・六人に取り囲まれていた。
「ですから・・・私は兄を尋ねてきたと・・・」
「まあ良いじゃないかよ。少し遊びにいったって」
お約束の様な言葉を聞いて、更にやる気をそがれた志貴だったがもはや義務に近いような形で
「おい、止めておけよ。他校の人間にまで恥晒して楽しいか?」
「ああん!!なんだてめえは!!」
「ん?こいつ七夜だ!!」
「七夜?」
「ほら、一年の入学初日で後ろの双子姉妹をヤッタって有名な」
その言葉に志貴は盛大にこけた。
どうも情報は大きく歪められて全生徒に伝わっている様だ。
「おい!!なんだそりゃ!!」
志貴は起き上がると同時に突っ込むが、後ろでは
「志貴ちゃんと私達はそんな事してないもん!!・・・近い将来には志貴ちゃんのものになるけど・・・」
「あは〜そんなのまだまだですよ〜。けど志貴ちゃんがお望みでしたら何時でも何処でも志貴ちゃんに処女を捧げますけど〜」
「翡翠!!琥珀!!妙な事を口走らない!!」
先程と打って変わって、真っ赤にしていながら、満面の笑みで肯定とも取れる発言をする琥珀・翡翠に志貴は思わず突っ込む。
しかし、今度は逆方向から
「「「むぅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」」」
「アルクェイド!!アルトルージュ!!シオンまで!!どうして仮定の話で怒るの!!」
こちらは一気に不機嫌となった三人組。
そんな状況の変化に半分頭を抱えていたが直ぐに気を取り直す形となる。
「や、野郎・・・フクロにしちまえ!!」
そんなやり取りにすっかりぶち切れた相手側が志貴に襲い掛かってきた。
しかし、たかが格好で更に弱い相手を脅すことしか知らぬ不良が死者や死徒と正面切って相手をして、更にそれに勝ち抜き、生き抜いてきた志貴に勝てる道理も無く、三十秒後には、一人残さず地面に這い蹲っていた。
やがてよろよろと起き上がると、「覚えてろ!!」とお決まりの台詞を吐き捨ててその場を後にしていった。
「やれやれ・・・大丈夫か?」
志貴は溜息を付きながら呆然としていた少女に声を掛ける。
「・・・は、はい・・・」
「そうか・・・何しに来たかは知らないが早めにここを後にしろよ」
そう言うと、志貴はその場を後にした。
志貴にしてみれば見ず知らずの相手に馴れ馴れしく声を掛ける気も無かったので最低限の言葉を掛けてその場を後にしたに過ぎない。
暫し少女はその場に立ち竦んでいた。
それも頬をやや紅潮させて・・・
志貴はこの時点で選択を間違えた。
むしろ軽薄な男を演じてしまえば良かったのだ。
逆を事をしてしまった為、少女の心に鮮烈な印象を植え付けてしまったのだ。
しかもこれらの事は全て無意識でだ。
もはや神業に達したと言っても良い篭絡術である。
そう言った意味では今現在、志貴に流されている不名誉な情報(デマに限りなく近い)は女子にとって防壁の役割も果たしていた。
どれほど、呆然としていたかわからないが、不意に後ろから掛かった声に我に帰る。
「秋葉?お前どうしたんだ!!」
「えっ?・・・あっお兄様」
秋葉と呼ばれた少女は一転して安心したような表情で声を掛けた相手に振り返る。
「一体どうした?お前浅上の寮にいたんじゃ・・・」
「学園に頼んで自宅からの通学を許可していただいたんです」
「なんで・・・」
「何でとは決まっているでは有りませんか。刀崎の叔父上から聞きました。憎き七夜がここにいるというではありませんか」
「なっ・・・ちっ・・・刀崎の奴・・・余計な事を・・・」
「お兄様七夜は今何処に?」
「もう帰った」
「なぜ、直ぐに殺さないのですか?」
「それじゃ面白くないだろ?それに今ここにいる七夜は現七夜当主である七夜黄理の一人息子だ。やつには徹底的に恐怖と与えてから殺してやる。そして七夜黄理には俺や秋葉と同じ様に大切な肉親を失う悲しみを味あわせてやると決めたんだからな」
「そうですか・・・てっきり私はお兄様が七夜に恐れをなしたとばかり・・・」
「はっ・・・心配するな秋葉。俺がたかが七夜に恐れをなす必要が何処にある?」
「そうですね・・・お兄様は遠野の当主ですものね・・・」
「そうだ・・・さあ、秋葉帰ろう」
「はい、」
そう言って頷くと遠野四季、そして妹の遠野秋葉は運転手の待たせてある校門前に並んで歩いていった。
こうして嵐の一日は終わりを告げたかに見えた。
しかし、まだ一日は終わらない。